独立開業を成功へ導く経営学

統括プロデューサー 今井義博の経営学。

人財経営 『リッツ・カールトン』徹底研究 ⑦

「エンプロイー・オブ・ザ・マンス」(月間最優秀従業員賞)

 『リッツを支える7つの仕事の基本』の一番目“PRIDE & JOY 誇りと喜びを持てば意欲が湧く”の礎となる「ファースト・クラス・カード」の効果効能を紹介させていただいた。その「ファースト・クラス・カード」は、リッツの従業員全員が常に携帯しており、従業員同士の感謝を現すカードであり、人事部に記録され「人事査定=報酬」に反映される。
 そして、この「ファースト・クラス・カード」は次のステップとして「エンプロイー・オブ・ザ・マンス」(月間最優秀従業員賞)へと成長し評価され、報酬として従業員に還元される。
 これは、業務実績や勤務態度に加えて、「ファースト・クラス・カード」の数、お客様からもらった感謝状の数、「ワオ・ストーリー」を生み出した実績などを総合的に判断されて選考される賞である。各ホテルの各セクションからノミネートされ与えられる賞というだけではなく、その功績は人事部に記録され、優秀な人財には「年間賞」として賞金や宿泊券が与えられるのである。

 

 

< 日本の賃金制度とリッツ >

 ここで報酬や賞与(ボーナス)、月給、という制度を考えてみることにしよう。
数千件の求人者(歯科医院や技工所)と数万人の求職者(歯科医師、歯科衛生士、技工士、歯科助手等)のマッチングを実践してきた私は次のように賃金を定義付けている。もちろん、私の定義付けの全てが正しいなどと言うつもりは全く無い。

 

月給(固定給):従業員の年齢や経験で成り立っている生活(時間)を一ヶ月単位で拘束するに値する保証額
ちなみに、日本では最低賃金法があり、各都道府県で時給あたりの最低賃金が定められていて、月の賃金の時間給に相当する額がこの最低賃金を下回ってはならないという法律がある。
賞与(ボーナス):月給に定められた労働を全うした従業員に対する一定評価額
日本のボーナス制度は、月給以上の働きに対する能力給ではなく、月給と同等または月給内の働きをしたことによる平均労働達成評価であるイメージが強い。
私は日本の旧態依然としたボーナス制度に疑問を持っている。本来は読んで字のごとく“賞を与える”ということであるのに、“月給内の仕事をしたことに対する評価”であることに矛盾を感じている。経営者も、雇い入れる従業員の能力が未知数な状態で、「うちのボーナスは年間○○ヶ月分です」と言わざるを得ない日本の労働賃金文化に疑問を感じているはずである。
カタチだけのボーナスであるならば、そのボーナス分の賃金を均して月給に加えた方が得策だと考えているのは私だけであろうか。
ちなみに、労働基準法では賞与(ボーナス)を支給することを義務付けてはいない。
奨励金(インセンティブ):従業員が月給以上の労働もしくは知的資産や創意工夫の有形無形の資産を生み、企業に貢献したことによる成果報酬額
リッツの「ファースト・クラス・カード」と「エンプロイー・オブ・ザ・マンス」(月間最優秀従業員賞)がこれにあたる。
歩合給(コミッション):契約した売上高や出来高に対する手数料
一般的には企業と従業員が契約した売上高や出来高によって手数料が定められ、雇用関係というよりも業務委託関係にちかい契約である。従業員側の意識は、企業の成長よりも個人の成長が優先される場合が多い。保険の営業マン(外交員)などがその類である。


 このように比較してみるとリッツの実践している月給+奨励金がいかに効率的かが理解できるだろう。しかしながら、もっとも重要なことは月給を決める基準と奨励金の評価方法である。月給を決める基準や奨励金の評価方法が明らかに企業都合(院長の都合や主観、偏見)だったりする場合が多いことで数々のトラブルに遭遇してきた経験が私にはある。
 リッツの場合は明確にその評価を2種類に分けてあることが特徴だといえよう。つまり、『月給』は企業からの評価、『奨励金=ファースト・クラス・カードとエンプロイー・オブ・ザ・マンス』は従業員とお客様からの評価、という“視点の異なる評価”を取り入れることによって、公正性を持たせると同時に、従業員のお客様に対するホスピタリティーを向上させるシステムを構築しているのである。
 しかし、リッツはプラスの評価だけでそのリッツ・ブランドを維持しているわけではない。

 

 

「サービス・クオリティ・インジケーター(SQI)」

リッツがブランドを維持しているもう一つのシステムがこれである。このシステムは毎日の仕事の中で起きた問題点や失敗を財産にする科学である。
いくら真面目に働いても、いくら完璧な仕事を求めて働いても、失敗をするのが人間である。その失敗を放置するか、財産にするかで企業の質は決まる。リッツは従業員の単なるケアレス・ミスでも、その原因を科学的に追求するのである。その結果を招いた原因は個人の問題なのか、その個人の問題は所属するセクションに問題があるのではないのか、そのセクションのシステムに問題はなかったのか、そのセクションに関わる他のセクションには問題がなかったのか、セクションの連携を支持した会社側の問題はなかったのか、等など、あらゆる角度から失敗の原因を追究し、修正し、二度と同じ失敗を繰り返さないという科学的な姿勢こそがリッツを今日の地位に押し上げているのである。そして、その目的の主役は従業員や企業ではなく“お客様”であることが全社員と全役員の明確な合意なのである。

つまり、全てが“お客様”に向いているのである。

『パロマ湯沸かし器』事件がその逆の悪例である。
同族経営が“全ての諸悪の根源”的なマスコミの報道には疑問は残るものの、失敗や問題の隠蔽体質はその経営形態に多くの原因があることは確かである。医院経営も例外ではない。経営者が従業員に対し「失敗をするな」というミッションを与えることは誤りではないが、問題は失敗やクレームを起こしたときのペナルティーだけが従業員に科せられ、失敗やクレームを修正改善し、それを企業の資産にしたときの評価がなされないことにある。やがて従業員は「失敗を隠したほうが得をする、損をしない」という潜在意識に支配されることになるのである。
そして、あたかもお客様を向いているフリをして上司や会社に向いているのである。

 

 

<失敗を財産にする姿勢とは>

 経営の神様“松下幸之助”は著書の「指導者の条件」(PHP出版)で次のように語っている。
「何か失敗したり、問題が起こったりすると、だれでもその原因をとかく外に求めがちである。だれが悪い、彼が悪い、あるいは社会が悪い、運が悪いといった具合である。しかし、実際は、ほとんどの場合失敗の原因は自分にあると思う。事前に十分な計画をたて、行う過程でも慎重な配慮を怠らなければ、たいてのことはうまくいくものである。
 まして指導者ともなれば、ほとんど100%その責任を自分に帰さなくてはいけないと思う。かりに部下に失敗があったとしても、その部下がはたしてその任にふさわしかったかどうか、またそれをさせるについて、十分な指導なり教育なりをしたかどうか、そういうことを指導者としてまず反省してみることが大事だと思う。」
 やはり、優れた経営者は同類の哲学を持っているのである。

 

リッツ・カールトンの人財経営については、すべてのサービス産業、ホスピタリティー産業、いや全ての企業が参考にしなければならない重要な仕組みがある。それはまるで、経営者側に行動心理学者がいるのではないかと思うほど、「人間の潜在能力」を引き出しているのである。
 いすれにしてもご自身で『リッツ・カールトンが大切にする“サービスを超える瞬間”』(著者高野登氏:かんき出版、1500円)を読まれることをお勧めする。

 

著者プロフィール 医科歯科開業、物件に関するご相談はこちら TEL 03-3833-3950 eMail info@keystation.com

今井 義博の写真

株式会社キーステーション 統括プロデューサー 今井 義博

経 歴

  • 1961年、東京生まれ
  • 暁星学園小中学校卒業(暁星歯学会・事務局長)
  • 早稲田実業学校高等部卒業(早稲田実業学校校友会・代議員、サッカー部OB会・副会長)
  • 早稲田大学専門学校建築設計課卒業・現早稲田大学芸術学校(稲門建築会会員)
  • (株)銀座コージーコーナー(店舗開発設計室)
  • (株)清水建設(OAセンターCAD開発)
  • (株)デンタルリサーチ社(職業紹介事業・東京都第1号)
  • Tokyo Expert Network of Japan(J-TEN)代表
  • (株)キーステーション(統括プロデューサー)
  • ニュー・マーケティング協会会員
  • 詳細プロフィールはこちら >>

著 書

  • 医療人事戦略(クインテッセンス出版)
  • リニューアル&ニューオープン(クインテッセンス出版)
  • 歯科医院経営近未来学(クインテッセンス出版)
  • 挑戦する医院経営(じほう社)
  • 医院経営と空間デザイン(Health Sciences Vol.24No1 2008日本健康科学学会誌掲載)